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手続き

手続き 主夫です。



手続き関連を処理するために、実家にまたまた戻りました。

葬儀費用清算、介護保険被保険者抹消、後期高齢者医療被保険者抹消、厚生年金抹消、遺族年金抹消、火災保険名義変更、公共料金名義変更、遺言証検認、金融機関関連、世帯主変更、
どれだけ手続きしても、まだ残っているようで…。

取り付けたドライブレコーダーの映像を見てみました。クリアな画像です。


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先に進む

ブロガー 主夫です。



自宅に戻ってきました。実家は姉が生活してくれているので安心です。
葬儀が終っても、役所関連の手続きが沢山残っています。ひとつひとつ整理して行くほか有りません。
そして、私の家族の生活と、主夫業と仕事を行い、普段どおりの生活に戻していかなければなりません。立ち止まってはならないですし、父も先に進む事を望んでいるでしょう。

ブログに父が亡くなったこと、葬儀の事を掲載するかどうか迷いました。
でも『ブログ』の原点は日記です。これまでいろいろな事を書き綴ってきたので、あの時はこうだったとか、どうやって解決したんだっけ?など、ブログを検索すれば判るようになっています。
昨年の父の入院、その後の生活もブログに書いてあるので良く判りました。

もちろん、対外的に書くことの出来ない事象も発生しますが、得てしてそのような事象は、読んでも、思い出しても面白くない内容なので、書かないほうが良いのです。

父が緊急入院する前に作り始めていたドライブレコーダーのマウントアダプターが製作途中だったので完成させました。後は塗装するだけです。
満中陰まで毎週末帰省するので、どのように撮影されるのか楽しみです。


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伊賀肉

親が死んでも食休み 主夫です。



葬儀が終って、家族で食事に行く事にしました。

生活と食事は切り離す事の出来ない要素で、家族揃って食事をすることで、会話が生まれ、その中でいろいろな考え方や家屋同士の愛情が深まっていきます。
そして母や父が作った料理の味が子供達の味覚の基礎になって受け継がれていくのです。
父は「家のおみそ汁が一番美味しい」と、出張帰りの夕食時によく言っていました。

実家に帰ったときは実家で食事を作ったり、父を連れて和食のファミリーレストランに良く行きましたが、今日は息子達のためにも記念に残るお店にしようと、伊賀肉 金谷に行きました。
金谷は牛を一頭買いし、一番良い部分のお肉を、お座敷用として提供します。普段店頭で買うすき焼用のお肉とは全く違います。
すき焼きは、お砂糖と醤油だけなのに、濃厚な深い味…。
しゃぶしゃぶのお肉は厚みがあって…。こりゃたまりません。
私も今までお座敷に上がった事が無かったので、初めて堪能する&驚きの味でした。
皆それぞれお肉を追加して、最後のご飯は食べ切れません。

父が好きだった池波正太郎の鬼平犯科帳「熱海土産の宝物」で、かれいの煮付けを食べ終えた鬼平が
 「親が死んでも食休み、と言うではないか」
と、ごろ寝を始めるが如く、皆動けなくなって、暫し休息。

皆「お父さんありがとう」と言ってお店を後にしたのでした。


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家族をおもってくれた父

終わりました 主夫です。



父の葬儀を無事終える事が出来ました。
小さな自宅での葬儀ですから、6畳の部屋2つを使っての葬儀となりました。
父は花が好きだったので、花祭壇を作っていただいて、高齢のご参拝者の方々のために椅子も用意しました。

葬儀、出棺、火葬、骨拾い、納骨、初七日と1日で葬儀は終了です。
骨拾いから初七日は家族だけで執り行いました。
最初の納棺も、最後の納骨も、静かに執り行う事が出来て、良いお葬式でした。

父は出棺するときまでも寝ているようでした。
姉が昔し、あるお葬式から帰ってきた父が言っていたことを思い出したそうです。
 「その人の生き方は、死んだときの顔に出る。あの人の顔は見られなかった。」と、
施設の中でも笑顔で過ごし、文句を言わず、最後に救急車で運ばれるときも、
 「皆さんにご迷惑を掛けて、すまんなぁ~」
と言っていた様です。

92歳の父ですから、親戚の方も高齢。お知り合いも高齢。町内の方々も田舎の過疎化が進んでいる町ですから高齢。
そんな皆さんが、祭壇のお花を快く頂いてくださいました。
ある方は、
 「亡くなる当日まで元気で生活されていて、病院に運ばれても苦しまず、そのまま旅立たれた。お天気も快晴で、本当に大往生でしたね。私たちも あやかりたい と思います。」
と仰って下さいました。

私が死ぬときも、父のように逝けるように心がけようと思います。
最後の最後まで、家族をおもってくれた父でした。


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お別れ

家族 主夫です。



父のかねての希望通り、お葬式は家族や一部の親戚、ごく近い親しい方々のみで執り行うことにしました。
そして、自宅で全て行うことにしました。葬儀社の方は斎場での葬儀を薦めましたが、父は施設に入所してからも、自宅で生活したいと願っていましたし、何も財産のない夫婦が共に働いて二人で建てた小さな家ですから、自宅からお見送りしたいと家族皆が思っていましたから。

お通夜やお葬式はお参りして下さる方々に対する対外的な意味合いが強いように思います。
これに対し、家族とのお別れは、おくりびとのような、「納棺」の儀が最も強い意味合いを持っていると感じました。
体を清め、死に装束を着せ、化粧も家族が納棺士にお手伝いして頂きながら行いました。

葬儀の一連の儀式の中で、故人と家族が静かにお別れできるよい時間でした。
画像:(C)2008 映画「おくりびと」製作委員会



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1年間

逝く 主夫です。



2011年10月26日 00時52分 父が昇天しました。
92歳の大往生でした。

昨年の10月23日に父は肺炎で入院しましたが、その後高齢にしては目を見張る程の回復力を見せ、自立して一人で生活できるようになり、自宅で生活していました。
今年の夏に軽い骨折をしても、回復し、2週間ほどで元気に歩けるようになり、有料老人施設に入所して、施設の方の御世話になりながらですが、普通に生活していました。

母が亡くなったのは10月20日。今年は27回忌。
昨年の入院から1年間。母は待っていてくれたのでしょう。そして、準備の期間を父や私たち家族にくれたのでしょう。
仲の良い夫婦でしたから。


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プロフィール

Nory

Author:Nory
結婚してから28年目。
髪結いの亭主のはずが、カミさんに『働かざるもの食うべからず』と言われ、サラリーマンになって27年経過。
家事を楽しみ家族に尽くす 兼業主夫。

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